名古屋高等裁判所 昭和42年(う)422号 判決 1968年1月22日
主文
原判決を破棄する。
本件を津地方裁判所四日市支部に差し戻す。
理由
<前略> 先ず職権をもつて原判決書を調査するに、原判決は、その罪となるべき事実として、「被告人は三郷運送合資会社のトラック運転手として勤務するものであるが、昭和四一年五月二八日午前二時三〇分ころ、大型貨物自動車(愛一い四六二〇号)を運転し、三重郡川越町豊田一色地内国道一号線を時速約五〇キロメートルで南進中、先行の大型貨物自動車の後方約一〇メートルを追随したが、たまたま先行車が進路を右寄りに変更してその前方の駐車々両を避けたのに、右事情を予測しないで進行した過失により、前方に駐車中の普通貨物自動車に追突しこれを押し出して同自動車前部(南側)にいた本藤哲三(当三二年)を駐車自動車で轢過させ、よつて同人に対し腹部轢過傷の傷害を負わせて即死させ、同人と同所で立ち話をしていた館隆明(当三五年)に対し加療約三〇日間を要する頭部外傷(前額部挫創)左大腿部打撲挫傷、腰部打撲傷の傷害を、同所にいた小沢茂(当四八年)に対し加療約二〇日間を要する左肩右側胸部打挫傷の傷害を、自車に同乗中の上野文哉(当一七年)に対し全治約一週間を要する左側頭部挫創の傷害を負わせたものである」旨を認定判示し、これを業務上過失致死傷罪に問擬していることは、原判文自体に徴し明らかである。ところで、業務上過失致死傷罪は、その構成要件として、業務上必要な注意を怠り、これによつて人を死傷に致すことによつて成立する罪であるから、これを判示するには、被告人に業務上の注意義務が存在し、且つその注意義務を懈怠した事実のあることを明らかにしなければ、刑事訴訟法第三三五条にいわゆる罪となるべき事実の判示として不十分であるといわなければならない。そこで、これを本件についてみるのに、原判決は、この点について、右のとおり「たまたま先行車が進路を右寄りに変更してその前方の駐車々両を避けたのに、右事情を予測しないで進行した過失により」と判示したにとどまり、被告人にいかなる業務上の注意義務が存在し、且つその注意義務を怠つたものであるかどうかを明示しておらず、又、判示事実自体からもこれを確認することができないから、有罪判決に示すべき理由としては不備であるといわなければならない。(ちなみに、本件記録によれば、原審第二回公判期日において、検察官は、被告人の本件注意義務として前方注視義務と先行車両の動静に従つて進路を採るべき注意義務ありと釈明していることが認められるのであるから、原審としては、すべからく右注意義務の存否を判断し、若しそれらの注意義務があるとすれば、この義務の存在と、これを怠つたことと本件人身事故との間に因果関係を認められる程度に判示しなければならない。)従つて、原判決は、弁護人の量刑不当の論旨に対する判断を俟つまでもなく、到底破棄を免れない。<後略>(坂本収二 藤本忠雄 福田健次)